大湯
『信州 鹿教湯之栞』という、当時の鹿教湯案内の栞がありました。
わら半紙製で大半は文字、写真はたった二枚
写真二枚のうち一枚は文殊堂から五台橋周辺。
そして、もう一枚は大湯が写っている上の写真です。
(現在の文殊の湯から遡ること三代前のもののようです。
二代前の大湯の頃は玄関が川の方を向いていなかったそうです。)
表紙をめくると、最初に大湯の写真が出てきます。
これは、五台橋の袂から撮影されたものです。
当時の鹿教湯の宿に内湯がなかった頃のことです。
鹿教湯にとって、この大湯が頼りであり、誇りだったのだと思います。
今もこんな建物だったら・・・
五台橋との相性で抜群の景観を見せるか
近代化された宿屋の大群とのアンバランスさが目立つか・・・
想像しないほうが良いかも知れません。
《鹿教湯之栞より》